全部、嘘。

妄想と日常と噓

ストロボライツ

午前二時。部屋の窓を叩く音がして目が覚めた。

二階のこの部屋の窓を…ということは。

カーテンを開けると、知らない男の人が泣きそうな顔で頭を下げた。

「どうしました?」

「夜分に申し訳ありません。こちらへ伺えばいいと聞いたものですから」

「ええまぁ。今月の当番なので。あの、どちら様?」

「橋の向こうの、赤い屋根の家の者です」

「でも、あのおたくは若いご夫婦と赤ちゃんしか」

「はい。私がその赤ん坊です。四時間ほど前に眠りに就いたのですが」

「いきなり、ですか…それは驚いたでしょう」

「ええ。それで、私はどうすれば」

「夜明けまでに山へ入って下さい。そうすれば伸びるのは止まります」

「そうですか、良かった」

「それから、頂上のお寺で毎日祈りを捧げて下さい」

「そうすれば、また戻ってこられますか?」

「ええ、多分」

「分かりました…教えて下さって助かりました」

「あの、ご両親には」

「手紙を書いてきましたから、大丈夫かと」

「そうですか…どうぞ、お元気で」

「はい。失礼します」

ゆらゆらしながらも、なんとか山へ向かう後ろ姿を見送った。

生まれてきたばかりなのに。また最初からなんて。

 

翌日。

赤い屋根の家から、泣き叫ぶ声が微かに聴こえてきた。

山へ行こうとするのを、きっと親戚一同で必死に止めているんだろう。

どんなに愛するわが子でも。どんなに大事なパートナーでも。

あとを追って山へ入ることは許されていない。

いつ戻ってくるのか分からない愛しい人を。

ひたすら待ち続けるしかない。

この町は、それがルールだ。待つしかない。

 

コンコン。今日も誰かが窓を叩く。

でも。数日後に、自分が誰かの家の窓を割るくらい叩くことになることを。

今の私は、まだ知らない。

 

おやすみなさい。